この記事の前提
【前提】
この記事は、私の室内栽培での経験と、公開されている文献をもとに書いています。ビカクシダで確かめられた仕組みはほとんど無く、他の植物での研究から推測している部分が多くあります。
水はあげているのに、元気だった株が急に萎れて枯れる。同じ管理で枯れる株と枯れない株がある。私が疑っているのは根から入る病気で、一番の候補がピシウムでした。見るところと、日本で使える薬をまとめました。
どうも、ジサクボです。水はあげているのに、同じ棚の同じ管理で、急に萎れて枯れる株があります。私は P.Pedro tatsuta、P.Ginka、P.willinckii Blue Queen Dwarf Sporeling をこの枯れ方でなくしました。管理の側は一通り確かめてあるので、疑ったのは根から入る病気です。調べた結果と、まだ無事な株を守るためにできることを書きます。
いま株が萎れている人は、6章「株が萎れたら、見るところ」とまとめから読んでください。
【前提】
この記事は、私の室内栽培での経験と、公開されている文献をもとに書いています。ビカクシダで確かめられた仕組みはほとんど無く、他の植物での研究から推測している部分が多くあります。
ビカクシダを育てていると、こういう枯れ方に出会うことがあります。
昨日まで元気だった株の、若い胞子葉がへにゃっとする。水はあげている。他の株と同じ管理をしている。それなのに、しおれた葉が落ち、最後には成長点が黒くなって終わる。
私も同じ枯らし方をしています。私が枯らしたビカクシダに書いた P.Pedro tatsuta、P.Ginka、P.willinckii 'Blue Queen Dwarf Sporeling' の三株です。
同じ症状が出たのは、この三株だけではありません。P.Nukul、P.willinckii OMG sporeling、P.veitchii auburn river sporeling、P.willinckii Omega。並べてみると、けっこうな数になります。

写真は P.willinckii OMG です。持ち上げても張りが戻りません。この株はその後、乾かし気味に育てて持ち直しました。そのときの話は密閉と乾燥の記事に書いています。

こちらは P.Nukul です。胞子葉が短い間に次々と抜け落ちて、枯れました。板に残っているのは貯水葉だけで、下に並べたのが落ちた胞子葉です。
そして、これは私のところだけの話でもないようです。同じ枯れ方の話は、周りの趣味家からもよく聞きます。
「私が枯らしたビカクシダ」の記事は「原因については別の記事で考察しようと思います」で終わっています。今回がその続きです。
同じ棚で、同じ水やりで、枯れる株と枯れない株がある。管理の側は一通り確かめたので、私が疑ったのは根から入る病気でした。調べていくと、一番候補に上がったのがピシウムでした。水カビの仲間で、いわゆるカビとは別の生き物(卵菌)です。この記事は、そこにたどり着くまでと、かかる前・かかった後にできることを書きます。
先に断っておくと、ビカクシダで分かっているのは「どの病原が付くか」と、いくつかは「どう見えるか」までです。それぞれが株の中で何をするかを調べた報告は見つけられませんでした。仕組みの話はどれも、ほかの植物で調べられたものです。
しかもその「どの病原が付くか」にしても、誰かが調べて記録に残した分だけです。ビカクシダはおそらく、もっといろいろな病気にかかっています。この記事に出てくるのは、記録が見つかったものだけだと思ってください。
枯れた株を見て、最初にやったのは、見た目から原因を当てようとすることでした。葉に出た褐色の斑、黒くなった根。この色は何の病気なのか、と。
ただ、調べてみると、茶色も黒も、原因が違っても同じように出るようです。色から犯人を決めるのは無理でした。
色で決められないと分かって、はじめて「では何で分けるのか」という話になるからです。
枯れた葉も、病気の斑点も、全部茶色くなります。なぜ、原因が違うのに同じ色になるのか。
植物の細胞の中には、茶色い色素を作る酵素と、その材料が、別々の部屋に仕舞われています。細胞が壊れて二つが混ざると、茶色くなります。切ったリンゴが茶色くなるのと同じ反応です。

"the enzymes can come into contact with its substrate only if cells are disrupted" (この酵素が材料と出会えるのは、細胞が壊れた場合だけである) — Tran ら 2012, BMC Genomics
カビでも細菌でも、乾燥でも、同じ色になるようです。葉の茶色は「細胞が壊れた」という結果だけを教えてくれていて、誰が壊したかは入っていない。そう理解しています。
色で犯人が分からないなら、何で分けるか。病気がどこから入ってきたかで、分けてみました。
| 入口 | 出る症状 | 見る場所 |
|---|---|---|
| 葉から | 斑点。株は萎れていない | 葉の表面 |
| 根から | 株ごと萎れる。斑点は出ないことも | 根 |
葉が張っているのは、細胞ひとつひとつが水で満たされて張っているからだと言われています。根がやられて水が上がらなくなると、その張りが抜けて葉が垂れる。逆に、葉に斑点が出ていても株が萎れていないなら、水の道はまだ生きていると見ています。

まず、葉から入る側から。

先に書いておくと、私はこの側の病気は基本的に放っておきます。周りの趣味家に聞いても、だいたい同じです。株の命に関わることが少ない印象だからです。例外が一株だけあって、それは下の写真の株です。
そのうえで、ビカクシダで記録が残っているものを並べておきます。右の列が、その記録の出どころです。
症状の欄に 🌿 が付いているのは、ビカクシダを見て書かれた症状です。付いていないものは、他の植物での記述を借りています。菌が付いたという記録はビカクシダのものですが、どう見えるかまでビカクシダで書かれているとは限りません。
| 病原 | 種類 | どんな症状か | ビカクシダでの記録 |
|---|---|---|---|
| セルコスポラ Cercospora platycerii(斑点病) | カビ | 🌿 10〜30mm、濃褐色〜黒。輪紋が出て、縁が盛り上がり中央がへこむ(逆のことも) | タイ・米国(フロリダ、ニュージャージー)(米国農務省 菌類-宿主データベース)。1954年に記載 |
| シュードセルコスポラ Pseudocercospora platyceriicola(斑点病) | カビ | 🌿 3〜18mm、褐色〜赤褐色。水浸し状で境界がぼやけ、のちに融合する | マレーシア。2022年に新種として記載(三重大学の研究者ら) |
| コレトトリカム Colletotrichum sp.(炭そ病) | カビ | 🌿 角ばった紫の斑 → 中心がへこみ、黒い粒ができる | 日本・静岡(1986年、関西病虫害研究会報)/米国フロリダ(米国農務省 菌類-宿主データベース) |
| ボトリチス Botrytis sp.(灰色かび病) | カビ | 病名だけで、症状の記録は見つかりませんでした | 米国フロリダ(米国農務省 菌類-宿主データベース) |
| シュードモナス3種 Pseudomonas cichorii・P. asplenii・P. gladioli(細菌性斑点病) | 細菌 | 葉の縁から水浸し状 → 黒褐色。黄色い暈が出ることも(P. cichorii での記述) | 米国植物病理学会の病名リスト |
本や論文が対処として書いているのは、患部を大きめに切ること(菌は見えている縁より先にいることがあるため)、乾く時間を増やすこと、それから薬です。薬は病気ごとに登録が分かれていて、斑点病ならダコニール1000、炭そ病ならチウラム、灰色かび病ならベニカXファインスプレーやゲッター、という組み合わせになっています。ダコニールとチウラムは予防薬で、撒くとしたら出た斑点を治すためではなく、まだ無事な葉に広がるのを防ぎたいときです。ゲッターは中に入る型で、出てからでも使える登録です。

私の P.superbum dwarf です。胞子葉の表面に、褐色の斑が広がっています。この株は、褐斑が出まくったあとに調子を崩し、新しい貯水葉が出るたびに小さく薄くなって、最後は枯れました。
症状だけで犯人が決められないなら、どう確かめるか。ビカクシダで確かめられた手順は見つけられませんでしたが、他の植物にはあります。豆知識として置いておきます。
こちらが本題です。右の2列が、どこから入るかと、ビカクシダでの記録の出どころです。🌿 の意味は4章と同じで、ビカクシダを見て書かれた症状です。
| 病原 | 種類 | どんな症状か | どこから入るか | ビカクシダでの記録 |
|---|---|---|---|---|
| ピシウム Pythium sp.(根腐病) | 卵菌(水カビの仲間) | 根が急速に褐色〜黒に腐る。株が萎れる、成長が止まる | 根。泳ぐ胞子が水の膜を伝って来る | 根腐れ・米国フロリダ(米国農務省 菌類-宿主データベース) |
| リゾクトニア Rhizoctonia solani(立枯病) | カビ | 🌿 貯水葉の基部に黒い斑 → 急速に広がって成長点に入る | 貯水葉の内側・根。胞子を作らず、菌糸が触れた組織を伝う | 根腐れ・葉腐れ 米国フロリダ(同データベース)/米国植物病理学会の病名リスト |
| フィトフトラ Phytophthora sp.(疫病) | 卵菌 | 病名だけで、症状の記録は見つかりませんでした | 根。泳ぐ胞子 | 根腐れ・米国フロリダ(同データベース)。記録は1件のみ |
| Sclerotium rolfsii(白絹病) | カビ | 白い菌糸がマット状に広がる。カラシの種のような粒 | 株元。土の中の菌核が高温と高水分で動き出す | 白絹病・米国フロリダ(同データベース) |
| フザリウム Fusarium sp.(萎凋病など) | カビ | 🌿 貯水葉や胞子葉が水ぶくれ状になり、腐る | 葉。古い水ゴケ・古い板から伝染。根から入って萎れさせる型(萎凋病)もあるが、ビカクシダでの例は見つからず | NHK趣味の園芸『ビカクシダ』(2月の項・「胞子葉の一部が水ぶくれ状になった」の項)/米国農務省データベースでは「葉の斑点」 |
この表は記録の一覧で、出やすい順ではありません。室内の板付けに当てはめて、一つずつ見ていきます。
白絹病の「白い菌糸」がどういうものかは、他の植物の写真が公開されていたので借ります。落花生の株元です。
写真:Thiessen LD & Woodward JE(ISRN Agronomy, 2012)/CC BY 4.0。ビカクシダではありません
枯らした株の根は、黒くなっていました。
カリフォルニア大学のピシウムの記述を、自分の株と並べてみます。
| 資料が書いていること | 私の株 |
|---|---|
| 主根が丸ごと褐色から黒に腐る | 黒くなっていた |
| 株は萎れる、成長が止まる、崩れて死ぬ | 萎れて、胞子葉が落ちて、枯れた |
— UC IPM, Pythium Root Rot
葉から入る病気では、この枯れ方は説明がつきません。褐斑が出ていた株もありましたが、褐斑だけでビカクシダが枯れることは、まず無いと思っています。株ごと萎れて枯れたのなら、根から入ったものです。
根を黒くするのは、ピシウムだけではありません。リゾクトニアも根腐れを起こします。ただ、リゾクトニアのビカクシダでの記録は、貯水葉の基部に黒い斑が出て、そこから広がる、というものでした。私の株は、貯水葉には何も出ないまま萎れています。ここが一番違います。加えて、ボストンファンの診断記録には、こうありました。
"Web blight is primarily a problem in a greenhouse environment. This disease is not a problem when ferns are grown indoors, as U.S. homes have notoriously low relative humidity levels. It can be a problem on outdoor ferns, especially with North Carolina's humid summers." (ウェブブライトは主に温室で問題になる。室内で育てるシダでは、この病気は問題にならない。米国の家は湿度がひどく低いからだ。屋外のシダでは問題になることがある。とくにノースカロライナの湿った夏には) — ノースカロライナ州立大学 植物疾病診断クリニック(2012年)
私の株は全部、室内です。米国の家より日本のほうが湿度は高いはずなので、これだけでは決め手になりません。貯水葉に斑が出なかったことと合わせて、リゾクトニアは一段下がると見ています。
こうして消していって、残ったのはピシウムと、フザリウムの萎凋病でした。二つのうち、ビカクシダでの記録があって、症状を資料と並べられるピシウムを、私は一番近いと考えています。記録が残っている病原の中から、私の株の出方に一番近いものを選んだ、というだけの話で、決まったわけではありません。フザリウムの萎凋病も捨てきれませんし、記録に無い病気という線も残ります。
どちらかで、できることも変わります。ピシウムなら発病前に使える薬があります(7章)。フザリウムの萎凋病なら、育てている株に使える薬はありません。その場合にできるのは、資材を使い回さないことだけです。
ピシウムは、遊走子という、尻尾で泳ぐ胞子を作ります。水の膜さえあれば移動できるので、濡れた水苔は道になるはずです。
ここから先は、イチゴや作物での研究です。流れとしては、こう書かれています。

水に浸かったままの根は酸欠になる、とイチゴの水耕栽培の総説にあります。濡れっぱなしの水苔でも同じことが起きているのではないか、というのが私の読みです。酸欠の根は膜が傷んで、根から漏れ出る糖やアミノ酸が増える。泳ぐ胞子は、それに引き寄せられて根の表面に取り付き、根の先端のような若い組織から入る。
入ったあとは、細胞と細胞をくっつけている成分(ペクチン)を溶かす酵素が主力だと書かれています。
"Pectinases play a key role in infection by Pythium spp." (ペクチンを分解する酵素が、ピシウムの感染で中心的な役割を担う) — Lévesque ら 2010, Genome Biology
ピシウムが狙うのは、表面を覆うロウ層(クチクラ)がほとんど無いか、まだコルク質で固まっていない若い根だと書かれています。この菌のゲノムには、そのロウ層を溶かす酵素の遺伝子が見つかっていません。
"P. ultimum is an opportunistic pathogen of young seedlings and plant roots with little or no cuticle or heavily suberized tissue" (P. ultimum は、クチクラがほとんど無いか、コルク質で厚く固められていない若い実生や根を狙う日和見の病原である) — Lévesque ら 2010, Genome Biology
根が腐り、濡れが続けば次の根も腐る。根が減れば水が上がらなくなり、葉が垂れて、成長が止まる。
ここが、私の知りたかったところです。
"Pythium spp. are opportunistic plant pathogens that can cause severe damage whenever plants are stressed or at a vulnerable stage." (ピシウムは日和見の病原で、植物が弱っているか、弱い時期にあるときに大きな被害を出す) — Lévesque ら 2010, Genome Biology
The pathogens ... are present in practically all cultivated soils and attack plant roots under wet conditions. (この病原は、ほぼすべての栽培土壌に存在していて、濡れた条件で根を攻撃する) — UC IPM
資料が書いているのは「ほぼすべての栽培土壌にいる」までです。水苔でも同じだろうというのは私の読みですが、そう考えると、病気になるかどうかを分けるのは、菌がいるかどうかではなく、根が弱っているかどうかになります。
同じ棚で同じ水をやっていても、株ごとに根の張り方も、水苔の乾き方も違います。たまたま水苔が乾きにくかった株、根を張り直している途中の株。そこにいた菌が、そのときだけ勝つ。「同じ管理なのに」の説明としては、これが一番しっくりきています。
ここからは、資料の裏が取れていない、私の考えです。
P.Ginka、P.Pedro tatsuta、P.superbum dwarf は、褐斑がとても出やすい品種です。胞子葉の表面に褐色の斑が出る。これは私の株に限った話ではなく、趣味家の間ではよく知られています。
そして私の株では、この三つとも枯れました。ただ P.superbum dwarf だけは、他の二つのようにいきなり萎れることはなく、褐斑が出たあと、だんだん弱って消えていきました。何が殺したのかは、私には分かりません。なので、根から入るものへの弱さの例として数えられるのは、P.Ginka と P.Pedro tatsuta の二つです。
褐斑の正体がカビなのか細菌なのかは、私には分かりません。ただ、葉から入ってくるものに対して、こうも斑が出やすいということは、この品種たちは病気に対する抵抗性が、他と比べて弱いのではないか。そう思っています。
もしそうなら、根から入るものに対しても弱いのかもしれません。根腐れを起こしやすくて、それが褐斑の出やすさと同じところから来ている、という見方です。
ここまでが、私が何を疑ったかの話です。次は、実際に株が萎れたときに何を見るかを書きます。

萎れは病気でなくても起きます。3章に書いたとおり、葉の張りは水で保たれているようなので、その水が来ていなければ、病気でなくても葉は垂れます。
水が来ていない理由は、だいたい二つです。
ひとつは、水苔に水そのものが無い場合。乾いてカスカスになっていないか、水気が残っているかを見ます。
もうひとつは、水苔に水はあるのに、根が吸えていない場合。成長点のあたりの根が露出しているか、成長点と根が物理的に切れてしまっているときです。見るのは貯水葉の裏側で、成長点の根元が露出していたら、そうなっています。株を持って成長点がぐらつくときも同じです。
こちらは、どちらも手当てができます。根が露出しているだけなら、貯水葉の裏に水苔を詰めれば済みます。成長点がぐらつく、あるいは首が折れているなら、首折れの処置をすれば助かります(首折れ対策・借り貯水葉)。
ここまでで説明がつかなければ、病気で根が腐っている可能性があります。
そこまで来た株は、おそらく助かりません。周りの趣味家に聞いてみても、萎れてしまった株は基本的に助からない、という答えがほとんどでした。
ただ、持ち直したという話は聞いたことがあります。私自身が経験したわけではありませんが、助かった例はあるようです。
その話は、古い水苔を落として新しい水苔を薄く付け直し、水やりの回数を減らして乾かし気味に管理したら、というものでした。
5章の流れで見ると、これは筋が通っています。濡れて酸欠になった根が入口なら、乾かせば入口が閉じる。古い水苔を捨てれば菌の住処が減る。薄く付ければ乾きやすい。カリフォルニア大学の記述も「乾けば新しい根が出て、回復することがある」と書いています。助かる保証はありませんが、賭けるならこの方向なのだと思います。
その株がどうなるにせよ、同じ棚の株を守る手は打てます。今回調べた病原は、発病の条件が「濡れ」で揃っていました。細菌は湿っていないと感染できず、ピシウムは水の膜がないと泳げず、白絹病は高温と高水分で動き出す。
タイの栽培書も、同じことを書いていました。
To prevent this problem, maintain a well-ventilated environment that helps rapid water evaporation. (防ぐには、水がすばやく乾く、風通しのよい環境を保つこと) — Patra Sangdanuch『PLATYCERIUM』(PatraBooks、2023年)p.138
フザリウムについては、NHK趣味の園芸に伝染源がはっきり書かれています。
よくあるのは、古い水ゴケや培養土、あるいは以前使用した杉板やコルク板を使い回すことで、残っていたフザリウムが伝染し、発病するケースです。資材は必ず新しいものを使用します。(「胞子葉の一部が水ぶくれ状になった」の項より)
伝染源が名指しされていて、しかも完全にこちらで止められます。
ただ、濡れを減らすために全部の株の管理を変える気は、私にはありません。菌の名前が分からなくても、全部の株に打てる手は、資材と水の側にあります。
ここまで「濡れ」と書いてきましたが、水やりを減らせという話ではありません。
私の水やりは、水苔の下のほうを触ってみて、そこが乾いていたら水をやる、というやり方です。内側にまだ水気が残っていても、下が乾いていればやります。このやり方で基本的には合っていると感じています。
弱った株ほど病気になりやすいのだとしても、だからといって全部の株を風通しのいい場所に移して、素早く乾くように管理する必要はないはずです。
ただ、枯らしたくない株は別です。P.willinckii のドワーフ系のように値の張るものは、リスクを分散させる意味で、置き場所や乾き方を見直しておくのもありかもしれません。菌やカビへの備えとして、そこだけ手をかける、という考え方です。
先に書いておくと、ここに挙げた薬のうち、私が使ったことがあるのはダコニール1000とベニカXファインスプレーの二つだけです。どちらも薬害は出ませんでした。
ただ、ダコニールのほうは、褐斑が出てしまった株に振っていました。調べて分かったのですが、ダコニールは表面で働く予防薬です。出てしまった斑点には効きません。他の葉に広がるのを抑える、という意味しかなかったことになります。理屈は、この章の最後に書きます。
残りの薬は、農林水産省の登録を調べた結果を並べているだけです。効いたという体験は書けません。
薬の登録は「作物名 × 病害名 × 使用方法」の組で一つずつ決まっています。何にでも効く薬、というものはこの枠組みには存在しません。ビカクシダは「花き類・観葉植物」というくくりに入るので、そこで引いた結果を、どこに使うかで分けて並べます。「使用時期」はラベルに書かれている言葉そのままです。
| 登録病害名 | 薬 | 希釈 | 使用時期 | 発病後に使えるか |
|---|---|---|---|---|
| 斑点病 | ダコニール1000(TPN) | 1000倍 | 発病前〜発病初期 | 初期まで。表面で働く予防薬で、出た斑点は治らない |
| 炭疽病 | チオノックフロアブル(チウラム) | 500倍 | 発病初期 | 初期まで。予防薬 |
| 灰色かび病 | 日曹ゲッター水和剤(チオファネートメチル ほか) | 1000倍 | 指定なし | 使える。中に入る型 |
| 灰色かび病 | ベニカXファインスプレー | 原液 | 発病初期 | 初期まで |
| 疫病(フィトフトラ) | オロンディスウルトラSC(マンジプロパミド) | 2000〜3000倍 | 発病前〜発病初期 | 初期まで |
| 登録病害名 | 薬 | 希釈・量 | 使用時期 | 発病後に使えるか | 使い方 |
|---|---|---|---|---|---|
| 立枯病(リゾクトニア菌) | ユニフォーム粒剤 | 18kg/10a(1㎡あたり約18g) | 定植時又は生育期 | 育てている最中に使える | 土壌表面散布 |
| 立枯病 | リゾレックス水和剤(トルクロホスメチル) | 500〜1000倍・3L/㎡ | 生育期 | 育てている最中に使える | 土壌灌注 |
| 根腐病・立枯病・腐敗病(ピシウム菌) | ピシロックフロアブル | 500倍・3L/㎡ | 発病前 | 使えない。予防のみ | 灌注 |
| 白絹病 | モンカットフロアブル40(フルトラニル) | 1000〜2000倍 | 指定なし | 使える。中に入る型 | 株元散布 |
| 白絹病 | リゾレックス水和剤 | 500〜1000倍・3L/㎡ | 指定なし | 使える | 株元灌注 |
| 疫病(フィトフトラ・容器栽培) | オラクル顆粒水和剤 | 2000倍・土1Lに100ml | 鉢上げ時・鉢替え時・生育期 | 育てている最中に使える | 土壌灌注 |
リゾクトニアにも、ピシウムにも、薬はあります。ただしピシウムのピシロックフロアブルは「発病前」の登録で、根が黒くなってから撒くものではありません。
「灌注」「土壌表面散布」は、鉢植えの土に入れることを想定した使い方です。板付けの水苔にどう当てるかは、ラベルに書かれていません。そこは自分で読み替えることになります。
花き類・観葉植物で、ピシウムによる根腐病・立枯病・腐敗病に登録がある薬です。500倍に薄めて灌注します。登録は「発病前」です。根が黒くなってから撒くものではないので、いま萎れている株には間に合いません。撒くなら、まだ無事な株に対してです。私はまだ使っていませんが、これから試す予定です。試したら書きます。家庭園芸用の小分けは無く、500mlの農業用サイズになります。
| 相手 | 状況 |
|---|---|
| 細菌 | 花き類・観葉植物に登録のある細菌病は青枯病と根頭がんしゅ病の2つだけ。どちらも植付前の土壌くん蒸剤で、育てている株には使えません |
| フザリウム | 萎凋病・萎黄病はダゾメットの植付前処理のみ。生育期に使える剤はありません |
細菌に効く薬(銅剤、オキシテトラサイクリン)は日本にもありますが、登録作物が「樹木類」です。花き類・観葉植物には、銅剤の登録が1件もありません。薬が無い相手にできることは、6章の「次の株を守る」に書いたことが全部です。
適用作物群に属する作物又はその新品種に本剤を初めて使用する場合は、使用者の責任において事前に薬害の有無を十分確認してから使用してください — ピシロックフロアブル ラベル 注意事項10
「花き類・観葉植物」はくくりでの登録です。ビカクシダの名前で登録された薬は一つもありません。使うなら、まず少量で試す以外にありません。
表の「発病後に使えるか」の差は、薬が植物のどこにいるかの差のようです。

ダコニール・チウラムは表面で働く型です。葉の表面に薬の膜を作り、そこに落ちた胞子が芽を出そうとするときに、菌の中の酵素をあちこち壊して止めます。表面にいる菌を殺す薬で、葉の中に入った菌には届きません。だから、ダコニールを斑点が出てから撒いても、その斑点は治らない。まだ無事な葉を守るための散布になります。
チオファネートメチル(ゲッター)とフルトラニル(モンカット)は中に入る型で、入り込んだ菌にも効くとされています。
中に入る型には、弱点があります。同じ薬を続けて使うと、効かなくなることがあります。
理屈はこうです。中に入る型の薬は、菌の体の中の一か所だけを狙って止めます。菌の側で、その一か所が少し変わった個体がたまに出ます。その個体には薬が効きません。同じ薬を撒き続けると、効く個体は死に、効かない個体だけが生き残って増えていく。これが「耐性がつく」ということです。国際的な耐性リスク分類(FRAC)は、チオファネートメチルを高リスクに置いています。
表面で働く型(ダコニール・チウラム)は、菌のあちこちを手当たり次第に壊すので、一か所の変化では逃げられません。耐性がつきにくいとされているのは、そのためです。
だから、中に入る型は同じものを撒き続けない。これは、ラベルの回数制限とは別に、頭に置いておくことです。
私が枯らしたビカクシダに、私はこう書きました。
水やりの頻度も同じ、光環境も同じ、風通しも同じ。それでも枯れる株は枯れました。
病気は、管理とは別に来るのだと思います。ピシウムは栽培されている土のほぼ全部にいるとされていて、濡れて弱った根に入る。フザリウムは古い水ゴケや板から伝染する。どれも、水やりの頻度を直したり、置き場所を変えたりして止まるものではなさそうです。
だから、管理を見直しても答えが出ないときは、次に疑うのは病気でいいと思っています。
そして病気なら、やることが変わります。管理を直すのではなく、菌が移る道を断つ。具体は、下の6つ目です。