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ビカクシダの歴史 — 第2弾「お金編」
2026.05.09

1882年のビカクシダは
いくらだったのか

150年前のロンドン、Veitch商会のカタログには6種類のビカクシダの値段が載っていた。当時の中流英国人の年収を現代日本の年収に揃えて生活感覚で翻訳すると、P. grande 21シリングは約4.4万円。これは現代日本のビカクシダ専門店価格とほぼ同じ。一次資料を直接読み解いて、ビカクシダ・食虫植物・モンステラ・チランジア・ランの150年前の値段を現代日本人の生活感覚に翻訳しました。

1882年Veitch商会カタログの表紙

どうも、ジサクボです。これは「ビカクシダの歴史」シリーズの 第2弾「お金編」 です。第1弾「物語編」を読んでいなくても単独で読めるように書きます。

I Vol. I 物語編 — 150年前のヴィクトリア朝
II Vol. II お金編 — 1882年カタログを現代日本円に換算(本書)
III Vol. III 名前編 — 品種名に残る8人の物語
01

150年前のロンドンで、ビカクシダはいくらだったのか

第1弾「物語編」の最後で、こう書きました。

1882年のVeitch商会のカタログでは、P. alcicorne は3シリング6ペンス。労働者の半日分の給料くらい。

書いた本人が、いまいち実感としてピンと来ていませんでした。「労働者の半日分」と言われても、当時の英国の労働者の暮らしを知らないと、それが安いのか高いのかが分からないんですよね。

そこで「150年前のロンドンで、ビカクシダはいくらだったのか」を、ちゃんと現代日本円に換算してみることにしました。

第1弾を読んでいない人のために簡単に補足すると、Veitch(ヴィーチ)商会 というのは、19世紀の英国で最大級の園芸商を営んでいた一族の会社です。世界中に植物ハンターを派遣していて、当時の英国にビカクシダを大量に運び込んだのもこの会社。1882年に発行された彼らの植物カタログがInternet Archiveに丸ごと残されている ので、これを読んでいきます。

ついでに、当時の食虫植物(ネペンテス)、モンステラ、チランジア、ラン、パイナップルの値段 も全部洗い出してみました。歴史好き+他の植物も育てている人にとっては、たぶん「えっそうなんだ」が結構出てくると思います。

02

150年前の植物カタログを、いま開けるって知ってましたか?

これが今回の記事を書くきっかけにもなった話なんですが、1882年に英国で発行されていた植物カタログが、いまInternet Archive経由で誰でも読める んですよ。原本そのもののスキャン画像とOCRテキストが、無料で。

URLはこちら → archive.org/details/VeitchJ1882N

これは 当時、英国の貴族や中流階級の家に郵送されていた現物そのもの。表紙に「Catalogue of Plants」と書かれていて、ページをめくるとシダ、ヤシ、ラン、食虫植物、…と植物の種類ごとに価格表が並んでいます。

開いた瞬間に困ったのが、価格の表記でした。

Platycerium alcicorne ........ 3/6
P. grande ........ 21/-

これ、何ペンスなのか何シリングなのか、現代の日本人にはまず読めません。なので、まず 当時の英国の通貨制度 を5分で理解する必要があります。

£-s-d 制度の読み方

1971年以前の英国の通貨は £-s-d 制度 と呼ばれる単位です。覚えるのはこれだけ。

  • 1ポンド(£) = 20シリング(s) = 240ペンス(d)
  • 1ギニー(guinea) = 21シリング(紳士の支払い・職業料金で使われた特殊単位)

カタログ表記の読み方:

  • 「3/6」 = 3シリング6ペンス
  • 「21/-」 = 21シリング + ペンス部分なし(=ちょうど1ギニー)
  • 「7 guineas」 = 7ギニー = 147シリング

「ギニー」は、当時 紳士の高級品の支払い単位 でした。同じ£1 1sでも、「1ギニー」と表示すると "これは紳士が買う格式高い商品です" という意味になる、見栄の単位。Veitch商会のカタログで P. grandeP. Willinckii が「21/-」(=1ギニー)と表記されているのは、「これは紳士の植物コレクション向けの高級品ですよ」というメッセージ だった、ということになります。

Platycerium 属のページ

ページをめくって Platycerium 属のセクションに来ると、ビカクシダが6種類並んでいました。一番下の P. alcicorne が「3/6」、一番上の P. grandeP. Willinckii が「21/-」(=1ギニー)。

1882年Veitch商会カタログの表紙
1882年James Veitch & Sons の植物カタログ「Catalogue of Plants including Novelties for 1882」の表紙。"Royal Exotic Nursery, 544, King's Road, Chelsea" の住所が記載されている。当時、英国の貴族や中流階級の家に郵送されていた現物そのもの。 Internet Archive / Public Domain

その6年前、1876-77年版のカタログだと P. alcicorne は 2/6〜3/6 で売られていたので、6年で少し動いたか、あるいは株サイズの違いか、そのあたりは判断がつきません(archive.org/details/187677jamesveitc00jame)。

これが現代の日本円でいくらなのか、次の章で換算していきます。

03

1882年の中流英国人にとって、ビカクシダは安かったのか高かったのか

換算は、当時の中流英国人の年収(£100)を、現代日本の平均年収(420万円)に揃える やり方で計算しました。両方とも "社会の中央値〜やや上の中流" の年収を揃えた、ざっくりした近似 です。江戸時代の蕎麦の値段を「庶民の収入比」で現代円に直すのと同じ考え方で、これで 1シリング ≒ 2,100円

1882年の英国の職業階層別の年収

このレートで、当時の英国の人たちの収入を並べてみると:

Annual Income (1882, UK)

医師

1882: £500
約 2,100万円

中流階級事務員

1882: £100〜200(基準)
約 420〜840万円

工場労働者

1882: £52〜65(週20〜25s × 52週)
約 220〜273万円

農業労働者

1882: £39(週15s × 52週)
約 165万円

メイド

1882: £10〜15 + 衣食住・制服支給
約 42〜63万円相当

メイドの £10〜15 を見て「えっ、生活できないだろ」と思った人、安心してください。当時のメイドは 住み込みで衣食住・制服が雇い主負担。£10〜15は完全にお小遣いです。田舎の若い女性にとっては、ロンドンの大邸宅で衣食住タダでお小遣いが月3〜5万円もらえる、結構お得な仕事だったんですよね。

で、ビカクシダは買えたのか?

ようやく本題です。

  • P. alcicorne 3/6 = 7,350円
  • P. grande 21/- = 4.4万円

つまりこういうこと:

  • 中流階級の事務員(年収420万)にとって、P. alcicorne 7,350円 はフラッと買える 値段
  • P. grande 4.4万円 は "ちょっと贅沢な買い物" レベル
  • 工場労働者(年収220〜273万)でも、P. alcicorne なら頑張れば買えた
  • ただし、温室と暖房を持てるかは別問題(これは1845年のガラス税廃止以降、中流家庭にも温室が普及した話を第1弾3章で書きました)

「ビカクシダは貴族専用の高嶺の花だった」というイメージとは少し違って、苗の値段だけ見れば中流階級の手に届くものだった ということが、この換算で見えてきます。

04

ラン、ネペンテス、モンステラ、チランジア|植物界の中での「ビカクシダの値段」

ビカクシダの値段は、当時の温室植物界の中でどのあたりの位置だったのか。同じ1882年Veitch商会カタログに載っている ラン、食虫植物、モンステラ(の仲間)、チランジア、パイナップル の値段も、全部並べてみました。

★この章の価格は全部、同じ1882年Veitch商会カタログ(archive.org/details/VeitchJ1882N)の一次資料からの抽出です。

ブロック①:ラン — 想像以上に高かった(価格上位はビカクシダの7倍)

まずは王道、ラン。当時の英国は 「Orchidelirium(ランマニア)」 と呼ばれる狂熱的なラン愛好ブームの真っ最中で、Veitch商会自身もランで財を築いた会社でした。

Block ① Orchids

Cattleya Exoniensis

1882: Price on application(個別見積)
数十万円〜?

Dendrobium Splendidissimum

1882: 7 Guineas (147s)
¥30.9万

Phalaenopsis Tetraspis

1882: 105s
¥22.0万

Cypripedium Calurum

1882: 63s
¥13.2万

Phalaenopsis Sumatrana

1882: 63s
¥13.2万

Cattleya Labiata Percivaliana

1882: 21s / =ビカクシダ最高額と同
¥4.4万

Cattleya citrina

1882: 5s
¥10,500

Cattleya Mosiae

1882: 5s
¥10,500

意外だったのが、普及種のラン(Cattleya citrina 5s)はビカクシダ普及種と大差ない値段 だったこと。「ラン=高級」というイメージは、上位種だけの話だったわけです。

一方、価格上位のラン(Phalaenopsis TetraspisDendrobium Splendidissimum)は、ビカクシダの中で一番高い品種(21s)の5〜7倍Cattleya Exoniensis みたいな「Price on application(個別お見積もり)」となっているものは、おそらくそれ以上の値段。これが当時のランマニアの世界です。

ブロック②:食虫植物(ネペンテス)— ビカクシダの3〜5倍

これが個人的に 一番意外だった発見 です。

Block ② Nepenthes

Nepenthes Rajah

1882: 105s
¥22.0万

Nepenthes Sanguinea

1882: Price on application
数十万円〜?

Nepenthes Bicalcarata

1882: 63s
¥13.2万

Nepenthes Madagascariensis

1882: 63s
¥13.2万

Nepenthes veitchii

1882: 63s
¥13.2万

N. Morganii / Ratcliffiana / Wrigleyana

1882: 42〜63s
¥8.8〜13.2万

Nepenthes Sedeni(hybrid)

1882: 18s
¥3.8万

N. Albo-Marginata / Vittata / Rafflesiana

1882: 21s
¥4.4万

Nepenthes Hookeriana

1882: 5s
¥10,500

Nepenthes Phyllamphora

1882: 3s 6d
¥7,350

1882年Veitchカタログ上で食虫植物で一番高いのは、Nepenthes Rajah で105シリング(約22万円相当)。これはビカクシダの中で一番高い品種の5倍にあたります。

N. Rajah は、Veitch商会の植物ハンター F. W. Burbidge(バービッジ)1878年にボルネオ・キナバル山 で採集して英国に持ち帰った種類。当時のヴィクトリア朝の植物コレクションの中でも、よく知られた品種の一つでした。第1弾5章で触れた N. veitchii(Veitch家の名を冠するボルネオ原産のネペンテス)は、63s(=現代日本円で約13.2万円相当)で売られていました。Rajahほどではないものの、Veitch商会の主力商品として中堅やや上の価格帯に位置していたわけです。

Nepenthes Rajah の図版(1882)
1882年Veitch商会カタログp.14に掲載された Nepenthes Rajah の図版。当時の英国の植物コレクターは、まさにこの絵を見ながら105シリング(収入比率ベースで現代日本円約22万円相当)を払って買っていた。 Internet Archive / Public Domain

虫を捕食するネペンテスは、希少性と運搬の難しさ、そして当時の植物コレクター層の関心が合わさって、ビカクシダを上回る価格帯になっていたようです。

Nepenthes全種価格リスト(1882)
1882年Veitch商会カタログ p.53「PITCHER PLANTS」の Nepenthes 全種類価格リスト。20種類以上のネペンテスが価格付きで列挙されている。 Internet Archive / Public Domain

ブロック③:モンステラとアンスリウム

これはちょっとした豆知識なんですが、1882年当時、モンステラはまだ "モンステラ" じゃなかった んですよ。Veitch商会のカタログをめくっていくと、ページ44に Philodendron pertusum という名前で載っている。これ、現代のモンステラ・デリシオサの古い学名。当時は フィロデンドロンの仲間として扱われていた んですね。

価格は 7s 6d each(=現代日本円で約15,750円)。同じページに記載されているシダ類のいくつかと同じくらいの中堅価格帯です。当時のモンステラは、ビカクシダの中堅クラスと同じくらいの値段で売られていた ということになります。

ちなみに同じサトイモ科の アンスリウム は、Veitchカタログに6種類が価格付きで掲載されていました。

Anthurium

Anthurium Veitchii

1882: 63s
¥13.2万

Anthurium Andreanum

1882: 21s / =ビカクシダ最高額と同
¥4.4万

Anthurium Kalbreyeri

1882: 10/6
¥22,050

Anthurium Scherzerianum

1882: 10/6
¥22,050

Anthurium Warocqueanum(クイーン・アンスリウム)

1882: 10/6
¥22,050

Anthurium regale(Lindeni)

1882: 8/6
¥17,850
Anthurium Warocqueanum の1880年リトグラフ
ベルギーの園芸誌『L'Illustration Horticole』第27巻(1880年)プレート392番に掲載された Anthurium Warocqueanum(現代の "クイーン・アンスリウム")のリトグラフ。コロンビア産で、Veitch商会の植物ハンター Gustav Wallis が1874年に採集して英国に持ち込んだ種類。 Wikimedia Commons / Public Domain

現代日本ではアンスリウムよりモンステラの方が圧倒的に一般的ですが、150年前のVeitchカタログではアンスリウムの方が複数品種が価格付きで載っていた、という事実は記録に残っています。

ブロック④:チランジア — 想像以上に高かった

カタログを開く前、私は「1882年当時、チランジアはほぼ流通していなかったのでは」と予想していました。実際に小型エアプランツのブームが来るのは1970年代以降ですし。

ところが、カタログを開いてみたら、6種類すべてに価格が付いて記載されていました。しかも 想像以上に高かった

Block ④ Tillandsia

Tillandsia musaica

1882: 31/6
¥6.6万

Tillandsia Lindeni

1882: 21s
¥4.4万

Tillandsia splendens(zebrina)

1882: 10/6
¥2.2万

Tillandsia Zahnii

1882: 7/6
¥15,750

Tillandsia tessellata

1882: 5s
¥10,500

Tillandsia vittata

1882: 5s
¥10,500
Tillandsia価格リスト(1882)
1882年Veitch商会カタログ p.45 のSTOVE PLANTSセクション右下に並ぶ Tillandsia 6種類の価格リスト。当時の英国の温室文化で、チランジアが「中堅以上の観賞植物」として位置づけられていたことが価格から読み取れる。 Internet Archive / Public Domain

Tillandsia musaica の31/6(=6.6万円相当)は、なんとビカクシダで一番高い品種(21s = 4.4万円相当)を超える 値段。Tillandsia Lindeni(21s = 4.4万円相当)も、grandeと同じ価格帯で売られていました。

現代の小型エアプランツ(ionantha、harrisii、stricta など)の流通は20世紀後半以降ですが、T. musaicaT. Lindeni のような観賞性の高い大型種は、150年前から英国の温室で 温室植物の高価格帯ライン として扱われていたわけです。これは私の予想を完全に裏切る発見でした。

ブロック⑤:パイナップル — 食用なのにビカクシダより高い

最後に、第1弾でも触れたパイナップル。

  • 1882年のパイナップル1個:£8 ≒ 33.6万円相当

「食べたら無くなる果物」が、ビカクシダの中で一番高い品種(grande 21s)の 7倍以上 という値段。第1弾で書いた 「150万円のパイナップルレンタル業」 は1700年代後半〜1820年代頃の最盛期の話で、1882年には20分の1まで暴落していました。それでも依然、ビカクシダで一番高い品種の7倍以上という、別格の値段です。

1882年の温室植物界 — 価格ピラミッド(ビカクシダ抜き)

ビカクシダ以外の植物を並べると、こんな順位になりました。

Price Pyramid (without Platycerium)
1

パイナップル(食用)

1882: £8
¥33.6万
2

Dendrobium Splendidissimum

1882: 7 Guineas (147s)
¥30.9万
3

Phalaenopsis Tetraspis / Nepenthes Rajah

1882: 105s
¥22.0万
4

Phalaenopsis Sumatrana / Anthurium Veitchii / N. Madagascariensis / N. veitchii / N. Bicalcarata

1882: 63s
¥13.2万
5

Tillandsia musaica

1882: 31/6
¥6.6万
6

Cattleya Labiata / Anthurium Andreanum / Tillandsia Lindeni / N. Albo-Marginata / Rafflesiana

1882: 21s
¥4.4万
7

Anthurium Kalbreyeri / Scherzerianum / Warocqueanum(クイーン) / Tillandsia splendens

1882: 10/6
¥2.2万
8

Philodendron pertusum(=モンステラ) / Tillandsia Zahnii

1882: 7/6
¥1.5万
9

Anthurium regale / Odontoglossum Rossii / Cattleya citrina / Mosiae / Tillandsia tessellata / vittata

1882: 3/6〜5s
¥0.7〜1.0万

さて、ビカクシダの全6種類は、このピラミッドのどの順位に、どう挟まってくるのか? いよいよ次の章で公開します。

05

いよいよ|ビカクシダ全6種、現代日本円ではいくらだったか

お待たせしました。2章でチラ見した6種類のビカクシダ、3章で確立した換算ルール(£1 = 4.2万円、1シリング = 2,100円)に当てはめると、こうなります。

Platycerium stemmaria の彩色リトグラフ(1859)
Edward Joseph Lowe 著『Ferns: British and Exotic』Vol.7 Plate LXII(=62)に掲載された Platycerium stemmaria の彩色リトグラフ(1859年)。19世紀の手彩色技法で美しく描かれている。 Internet Archive / Public Domain
Sandford 1882 Platycerium 解説ページ
1882年に英国で出版された E. Sandford 著『A Manual of Exotic Ferns & Selaginella』p.202の Platycerium 属の解説ページ。P. AlcicorneP. alcicorne majusP. biformeP. grandeP. stemmaria などが順に解説されている。 Internet Archive / Public Domain
Platycerium 1882 Price Ranking

P. grande

¥44,100
Top Price 1882: 21/- (1 Guinea)

1882年Veitchカタログのビカクシダで一番高い。フィリピン・ボルネオ産、温室育成の難易度高。

P. Willinckii

¥44,100
Top Price 1882: 21/- (1 Guinea)

1873年導入のニューフェイス、希少性プレミアム。

P. stemmaria

¥22,050〜44,100
1882: 10/6〜21/-

株サイズで価格変動(当時もサイズで値段が違ったのが面白い)。

P. biforme

¥22,050
1882: 10/6

現代のP.superbumの古い名前、フィリピン産で運搬リスクあり。

P. alcicorne majus

¥15,750
1882: 7/6

alcicorneの大型変種、希少性で2倍。

Platycerium alcicorne

¥7,350
Most Affordable 1882: 3/6

1800年代初頭から英国にあった "古参"、量産化済。

第1弾7章で書いた M. Willinck of Amsterdam(オランダの園芸家、Willinckiiの語源)が1873年のゲント博覧会で展示し、その後Veitch商会の手に渡って販売開始。わずか9年で grande と並ぶ価格上位帯に乗っている。新参の希少種が定価で価格上位帯に乗ってくる構造は、現代の高額交配種と通じる動き方かもしれません。

ちなみに:「majus(マジュス)」って何?

表の中に出てきた P. alcicorne majus。この majus(マジュス)は ラテン語で「より大きい・大型の」 を意味する語で、形容詞 magnus(大きい)の比較級です。19世紀の植物カタログでは「通常種より大型に育つ変種」を示すために頻繁に使われていました。Veitchカタログの P. alcicorne majus も、文字通り「アルキコルネの大型変種」という意味で、通常の P. alcicorne(3/6)の倍の値段(7/6)で売られていたわけです。

ちなみに、現代の日本のビカクシダ界でも「マジュス」と呼ばれる品種があります。150年前のVeitchカタログに登場する P. alcicorne majus が、その呼び名の語源かもしれません(あくまで推測ですが)。

全植物の価格ピラミッド(ビカクシダを差し込んだ最終形)

4章で先送りしていた「ビカクシダはどの順位に挟まるのか?」の答え合わせです。

Final Price Pyramid
1

パイナップル(食用)

1882: £8
¥33.6万
2

Dendrobium Splendidissimum

1882: 7 Guineas (147s)
¥30.9万
3

Phalaenopsis Tetraspis / Nepenthes Rajah

1882: 105s
¥22.0万
4

Phalaenopsis Sumatrana / Anthurium Veitchii / N. Madagascariensis / N. veitchii

1882: 63s
¥13.2万
5

Tillandsia musaica

1882: 31/6
¥6.6万
6

ビカクシダ grande / WillinckiiCattleya LabiataAnthurium AndreanumTillandsia Lindeni

1882: 21s / ★ Platycerium Top Tier
¥4.4万
7

ビカクシダ biforme / Anthurium Kalbreyeri / Scherzerianum / Warocqueanum / Tillandsia splendens

1882: 10/6
¥2.2万
8

ビカクシダ alcicorne majus / Philodendron pertusum(=モンステラ) / Tillandsia Zahnii

1882: 7/6
¥1.5万
9

ビカクシダ alcicorne / Odontoglossum Rossii / Cattleya citrina / Mosiae / Tillandsia tessellata / vittata

1882: 3/6〜5s
¥0.7〜1.0万

ビカクシダは当時の温室植物界では "中の上" ライン。ラン・ネペンテスの価格上位(22〜31万円)には遠く及ばないが、Anthurium中級・Cattleya中級・Tillandsia上位と肩を並べる位置。普及種のalcicorneは、Cattleya普及種やTillandsia普及種と同じレベルで売られていたわけです。

意外な発見として、Tillandsia musaica(=現代の Guzmania musaica)はビカクシダ最高位の grande / Willinckii よりも高い 値段でした。それと、モンステラ(Philodendron pertusum 7/6)は、ビカクシダの alcicorne majus(7/6)と全く同じ価格 で売られていました。

06

150年前のビカクシダ、その背景にあったもの

長い記事になりましたが、最後に簡単にまとめます。

1882年のビカクシダ価格(現代日本人の生活感覚で)

  • P. alcicorne:7,350円
  • P. grande / Willinckii:4.4万円
  • ピンキリの幅:6倍

これが当時の値段感覚。現代の値段とどう違って、どう似ているか、それは皆さんが普段見ているビカクシダの値札と並べて感じてみてください。

ひとつ、大きく変わったところ はあります。

当時はビカクシダを育てるのに 温室と暖房が必須 でした。ガラス温室の建設費、石炭の燃料費、専属庭師の人件費 — 苗の値段以外にかかるコストが、現代とは桁違い。1845年のガラス税廃止以降、中流階級の家にも温室が普及し始めましたが、それでも温室を持たない家が大多数だった時代の話です。

現代の私たちは、LEDと空調のあるマンションの一室 で、当時の中流英国人と同じ植物を、当時よりずっと安いコストで育てられる。苗の値段の話は別として、栽培環境のコストの差は劇的 に減っています。

1882年のロンドンで、誰かが3シリング6ペンスを払って P. alcicorne を買っていた。その同じ植物が、150年経った今、私の家のLEDの下で育っている。買う時の重みも、育てる環境も違うけれど、150年の歴史を経て今ここに一株のビカクシダがいる と思うと、ちょっとロマンを感じて眺めるようになりました。