150年前のロンドン、Veitch商会のカタログには6種類のビカクシダの値段が載っていた。当時の中流英国人の年収を現代日本の年収に揃えて生活感覚で翻訳すると、P. grande 21シリングは約4.4万円。これは現代日本のビカクシダ専門店価格とほぼ同じ。一次資料を直接読み解いて、ビカクシダ・食虫植物・モンステラ・チランジア・ランの150年前の値段を現代日本人の生活感覚に翻訳しました。
「ギニー」は、当時 紳士の高級品の支払い単位 でした。同じ£1 1sでも、「1ギニー」と表示すると "これは紳士が買う格式高い商品です" という意味になる、見栄の単位。Veitch商会のカタログで P. grande と P. Willinckii が「21/-」(=1ギニー)と表記されているのは、「これは紳士の植物コレクション向けの高級品ですよ」というメッセージ だった、ということになります。
Platycerium 属のページ
ページをめくって Platycerium 属のセクションに来ると、ビカクシダが6種類並んでいました。一番下の P. alcicorne が「3/6」、一番上の P. grande と P. Willinckii が「21/-」(=1ギニー)。
1882年James Veitch & Sons の植物カタログ「Catalogue of Plants including Novelties for 1882」の表紙。"Royal Exotic Nursery, 544, King's Road, Chelsea" の住所が記載されている。当時、英国の貴族や中流階級の家に郵送されていた現物そのもの。Internet Archive / Public Domain
N. Rajah は、Veitch商会の植物ハンター F. W. Burbidge(バービッジ) が 1878年にボルネオ・キナバル山 で採集して英国に持ち帰った種類。当時のヴィクトリア朝の植物コレクションの中でも、よく知られた品種の一つでした。第1弾5章で触れた N. veitchii(Veitch家の名を冠するボルネオ原産のネペンテス)は、63s(=現代日本円で約13.2万円相当)で売られていました。Rajahほどではないものの、Veitch商会の主力商品として中堅やや上の価格帯に位置していたわけです。
1882年Veitch商会カタログp.14に掲載された Nepenthes Rajah の図版。当時の英国の植物コレクターは、まさにこの絵を見ながら105シリング(収入比率ベースで現代日本円約22万円相当)を払って買っていた。Internet Archive / Public Domain
Edward Joseph Lowe 著『Ferns: British and Exotic』Vol.7 Plate LXII(=62)に掲載された Platycerium stemmaria の彩色リトグラフ(1859年)。19世紀の手彩色技法で美しく描かれている。Internet Archive / Public Domain1882年に英国で出版された E. Sandford 著『A Manual of Exotic Ferns & Selaginella』p.202の Platycerium 属の解説ページ。P. Alcicorne、P. alcicorne majus、P. biforme、P. grande、P. stemmaria などが順に解説されている。Internet Archive / Public Domain
Platycerium 1882 Price Ranking
P. grande
¥44,100
Top Price1882: 21/- (1 Guinea)
1882年Veitchカタログのビカクシダで一番高い。フィリピン・ボルネオ産、温室育成の難易度高。
P. Willinckii
¥44,100
Top Price1882: 21/- (1 Guinea)
1873年導入のニューフェイス、希少性プレミアム。
P. stemmaria
¥22,050〜44,100
1882: 10/6〜21/-
株サイズで価格変動(当時もサイズで値段が違ったのが面白い)。
P. biforme
¥22,050
1882: 10/6
現代のP.superbumの古い名前、フィリピン産で運搬リスクあり。
P. alcicorne majus
¥15,750
1882: 7/6
alcicorneの大型変種、希少性で2倍。
Platycerium alcicorne
¥7,350
Most Affordable1882: 3/6
1800年代初頭から英国にあった "古参"、量産化済。
第1弾7章で書いた M. Willinck of Amsterdam(オランダの園芸家、Willinckiiの語源)が1873年のゲント博覧会で展示し、その後Veitch商会の手に渡って販売開始。わずか9年で grande と並ぶ価格上位帯に乗っている。新参の希少種が定価で価格上位帯に乗ってくる構造は、現代の高額交配種と通じる動き方かもしれません。
ちなみに:「majus(マジュス)」って何?
表の中に出てきた P. alcicorne majus。この majus(マジュス)は ラテン語で「より大きい・大型の」 を意味する語で、形容詞 magnus(大きい)の比較級です。19世紀の植物カタログでは「通常種より大型に育つ変種」を示すために頻繁に使われていました。Veitchカタログの P. alcicorne majus も、文字通り「アルキコルネの大型変種」という意味で、通常の P. alcicorne(3/6)の倍の値段(7/6)で売られていたわけです。
ちなみに、現代の日本のビカクシダ界でも「マジュス」と呼ばれる品種があります。150年前のVeitchカタログに登場する P. alcicorne majus が、その呼び名の語源かもしれません(あくまで推測ですが)。
全植物の価格ピラミッド(ビカクシダを差し込んだ最終形)
4章で先送りしていた「ビカクシダはどの順位に挟まるのか?」の答え合わせです。
Final Price Pyramid
1
パイナップル(食用)
1882: £8
¥33.6万
2
Dendrobium Splendidissimum
1882: 7 Guineas (147s)
¥30.9万
3
Phalaenopsis Tetraspis / Nepenthes Rajah
1882: 105s
¥22.0万
4
Phalaenopsis Sumatrana / Anthurium Veitchii / N. Madagascariensis / N. veitchii
1882年のロンドンで、誰かが3シリング6ペンスを払って P. alcicorne を買っていた。その同じ植物が、150年経った今、私の家のLEDの下で育っている。買う時の重みも、育てる環境も違うけれど、150年の歴史を経て今ここに一株のビカクシダがいる と思うと、ちょっとロマンを感じて眺めるようになりました。