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ビカクシダの歴史 — 第3弾「名前編」
2026.05.25

ビカクシダの種小名
誰の名前か

品種名18種の由来を辿る。ベイチー、ウィリンキー、ワンダエ──私たちが毎日のように口にする品種名の半分は、150年前に世界中で活動していた一人の人間の名前です。一次資料に直接当たって、8人の物語を追いました。

ビカキンちゃんが19世紀の書斎で古い植物学書を読んでいる

どうも、ジサクボです。これは「ビカクシダの歴史」シリーズの 第3弾「名前編」 です。前2弾を読んでいなくても単独で読めるように書きました。

01
Chapter One 序論

ビカクシダの学名は、半分が人の名前でできている

ビカクシダの学名をいくつか並べてみます。P. veitchii(ベイチー)、P. willinckii(ウィリンキー)、P. wallichii(ワリチー、ワリッキー)、P. ridleyi(リドレイ)、P. holttumii(ホルタミー)、P. wandae(ワンダエ)。

語尾を見ると、-ii、-i、-ae で終わっているものが結構あります。これ実は、ラテン語の 「○○の」 という意味の語尾なんです。日本語に直すと「〜の」、英語の of 〜 とか 〜's にあたります。

つまり、veitchii = 「ヴィーチの」、wandae = 「ワンダの」、ridleyi = 「リドレイの」。これが分かると、種小名を見るだけで 「人の名前から作られた品種かどうか」が見分けられる ようになります。-ii、-i は男性名から、-ae は女性名から作られた語尾。植物学の世界では、新種を記載した学者が、その植物の発見者や恩師、自分にとって大事な人物の名前を種小名に残す習慣が昔からありました。

そう思って改めて18種類の学名を眺めてみると、面白いことに気づきます。18種のうちちょうど半分、8種が人物にちなんだ名前。残りの10種は地名(madagascariense、andinum)や形(coronarium、elephantotis)に由来する名前でした。

この記事では、その「人物にちなんだ8種」を1人ずつ紹介していきます。植物ハンター、植物園の園長、デンマーク人外科医、宣教師、早世した妹。19世紀末から20世紀初頭にかけて世界中で活動していた人たちの名前が、150年経った今でも、私たちが「ベイチー」「ウィリンキー」「ワンダエ」として日常的に口にする品種名になっています。

なお、できる限り 学名が記載された当時の原典(19世紀末〜20世紀初頭の英国・ポーランド園芸書) までさかのぼって確認しました。原典まで直接読めたのは8種のうち4種で、残り4種は信頼度の高い二次資料です。各人物の項目に 確証度 を付けておきます。

Primary  — 一次資料あり
Inferred  — 状況証拠
02
Plate Two Primary

P. veitchii 命名対象は John Gould Veitch

P. veitchii 'auburn river' 自家製sporeling
FIG. 02 / 1 P. veitchii 'auburn river'、自家製sporeling「貯水葉ぴろぴろ丸」── 約2年で大きくなった @JISAKUBO · 2025

種小名 veitchii は、19世紀英国で最大級の園芸商を営んだ Veitch(ヴィーチ)家、なかでも John Gould Veitch(ジョン・ゴールド・ヴィーチ、1839-1870) にちなみます(Kampon Tansacha「Platycerium」p.75)。

彼は 1860〜1870年に南太平洋・日本・オーストラリアへ採集旅行 し、Veitch Nurseries に多くの植物をもたらした人物。31歳で早世 しました。オーストラリア原産のこの独特のシダも、彼の採集ルートで英国に渡ったと考えられます。

なお、Veitch商会全体の歴史については第1弾「物語編」で深掘りしています。Hortus Veitchii (1906) の原文一次資料、1906年当時のベイチーのセピア写真、Veitch家の名前を冠した他の植物(Nepenthes veitchiiAnthurium veitchii など)も載せています。

See  Vol. I 物語編 — Veitch商会と150年前のヴィクトリア朝
03
Plate Three Primary

P. hillii ブリスベン植物園の元園長、ベイチーと"兄弟"だった話

P. hillii 'has'
FIG. 03 / 1 P. hillii 'has'、@zutto_kin 氏から譲渡された、私の手元の P. hillii @JISAKUBO · 2025

種小名 hilliiウォルター・ヒル(Walter Hill, 1820-1904)ブリスベン植物園の初代園長(在任1855-1881) にちなみます。スコットランド出身、マンゴーやジャカランダなどを豪州に導入したことでも知られる人物です。

Hortus Veitchii · 1906 · p.327
Original — English

named in compliment to Mr. Walter Hill, late Superintendent of the Botanic Garden at Brisbane, through whom it was introduced

Translation — 和訳

面白いのは、1906年時点では P. hillii は独立種ではなく、ベイチーと同じく「P. alcicorne の変種」として扱われていた こと。同じページに var. Veitchiivar. Hillii が並んでいて、当時の認識では 同じ P. alcicorne の異なるバリエーション = 兄弟みたいな関係 でした。後に両方とも独立種に昇格しています。

"兄弟" から生まれた、現代の "Nukul"

P. Nukul(P.hillii × P.veitchii)from @ponpowan
FIG. 03 / 2 P. Nukul(P. hillii × P. veitchii)、胞子葉ターンに入ったところ FROM @PONPOWAN · 2026

私は今、P. hillii × P. veitchii の交雑種 "Nukul"(ヌクル) を1株持っています。タイの育種家ヌクル氏が作出した交配種で、彼の名前がそのまま品種名です。1906年に "兄弟" だった2種が、120年後の今では別の独立種扱いになり、改めて交配されている、ということになります。

04
Plate Four Primary

P. wallichii カルカッタ植物園を30年率いたデンマーク人外科医

P. wallichii from @katsu_hibino
FIG. 04 / 1 P. wallichii、葉が固くぬめっとした質感が特徴 FROM @KATSU_HIBINO · 2024

種小名 wallichiiナサニエル・ヴァリック(Nathaniel Wallich, 1786-1854) にちなみます。

"

デンマーク・コペンハーゲン生まれの外科医が、インド・カルカッタの植物園を30年間率いた。

ヴァリックは元々はデンマーク領セランポールに赴任した医師でしたが、1814年に 英国東インド会社の薬用植物学者 として雇われ、1817〜1846年カルカッタ植物園長(Kampon Tansacha p.79)。約30年にわたってインドの植物学の中心 に立ち続けた人物です。19世紀の植物学者たちは彼の業績を讃えて、多くのアジア原産植物に彼の名前を冠しました。P. wallichii もそのうちの一つです。

05
Plate Five Primary

P. ridleyi "Mad Ridley"、ゴム産業を作った男

P. ridleyi 'nano' from @katsu_hibino
FIG. 05 / 1 P. ridleyi 'nano'、細葉選別株、リドレー選抜株の代表格の一つ FROM @KATSU_HIBINO · 2025

種小名 ridleyi は、サー・ヘンリー・ニコラス・リドレー(Sir Henry Nicholas Ridley, 1855-1956)シンガポール植物園の初代園長(在任1888-1912)にちなみます。彼にはあだ名が2つありました。

"

Mad Ridley ── 狂気のリドレー

Rubber Ridley ── ゴムのリドレー

「マッド」と呼ばれた理由は、マレー半島でゴム産業を一から立ち上げた執念 です。ブラジル原産のパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)の苗をシンガポール植物園で繁殖させ、当時のマレー半島の主役だったコーヒー栽培者を1軒1軒訪ね歩いて、ゴムノキへの転作を説得して回った。最初は「そんな木に金にならない」と変人扱いされて「マッド」。

ところが自動車産業の急成長でタイヤ需要が爆発し、1920年までにマレー半島は世界のゴム生産の半分以上を占めるまでに化け、リドレーは「Rubber Ridley(ゴムのリドレー)」として歴史に名を残しました。P. ridleyi は、彼がシンガポール植物園長として東南アジアの植物相を記録していた時代に、業績を讃えて命名された種の一つです。

「ゴムのリドレー」と「ビカクシダのリドレイ」は、同じ一人の植物学者の二つの顔 ということになります。

06
Plate Six Primary

P. holttumii 20世紀のシダ植物学そのものになった人

P. holttumii — habit in cultivation
FIG. 06 / 1 P. holttumii、大型で胞子葉がアーチを描く特徴。Wikimedia Commons より。 B. DUPONT · CC BY-SA 2.0

種小名 holttumii は、リチャード・エリック・ホルタム(Richard Eric Holttum, 1895-1990) にちなみます。1925〜1949年シンガポール植物園長(リドレーの2代後)、第二次世界大戦中の日本軍占領下でも抑留下のまま植物園に残り、研究を続けた人物で、シダ類の分類体系を一から整理し直した 20世紀シダ植物学の権威。

P. holttumii1970年、Joncheere(ヨンへーレ)と Hennipman(ヘニップマン) という2人のオランダ人植物学者が新種記載した時、ホルタムへの敬意を表して命名されました。

07
Plate Seven Primary

P. willinckii 1873年、ゲント博覧会で喝采を浴びた園芸家

P. willinckii 月光爪哇 from @comolebi_plants
FIG. 07 / 1 P. willinckii 月光爪哇、ジャワ原産の P. willinckii の選別品種 FROM @COMOLEBI_PLANTS · 2025

種小名 willinckii は、J.A. ヴィリンク(J.A. Willinck of Amsterdam) という、19世紀後半のアムステルダムで活動していた 裕福な民間の園芸愛好家 の名前。植物学者でも植物ハンターでもなく、個人のコレクターから始まっているのがこの種小名の特徴です。

1875年の英国園芸専門誌『Gardeners' Chronicle』p.302、新種記載者 T. Moore(トーマス・ムーア) による原記載(Internet Archive で直接確認):

Gardeners' Chronicle · 1875 · p.302
Original — English

Platycerium Willinckii, sp. n. This fine and very distinct species of Stag's-horn Fern is a native of Java, whence it was introduced by M. Willinck, of Amsterdam, who exhibited it with much éclat at Ghent in 1873.

Translation — 和訳

つまりウィリンキーは、一人の民間園芸家がジャワから持ち帰り、ベルギー・ゲントの園芸展(Floralies)で展示して話題を呼んだ ことが命名の起点。植物園や園芸商ではなく、個人のコレクションから世界に出ていった珍しい例です。

08
Plate Eight Inferred

P. ellisii マダガスカルに渡った宣教師

マダガスカル原産の P. ellisii(エリシー)。種小名 ellisiiRev. ウィリアム・エリス(Rev. William Ellis, 1794-1872) にちなむと考えられています。

William Ellis(ロンドン・ミッショナリー・ソサエティの宣教師) は1853〜1865年にマダガスカルで布教、多くの植物を欧州に紹介して 1872年に死去。その 4年後の1876年、Baker がマダガスカル原産のこのシダに「ellisii」と命名しました。死後の追悼命名の典型パターン です。

原典 Baker 1876(J. Linn. Soc., Bot. 15: 421)は直接確認できていませんが、マダガスカル原産のラン Aerangis ellisii も同じ Ellis にちなむとされ、他に「ボタニスト Ellis」の候補も見当たらないので、ほぼ確実に Rev. William Ellis と判断しています。

09
Plate Nine Inferred

P. wandae 26歳で亡くなった妹の名前

属内最大級のサイズに育つこのシダは、1902年、ポーランドの植物学者 マリアン・ラチボルスキ(Marian Raciborski, 1863-1917) が、ジャワ島・ボイテンゾルグ植物園(現ボゴール植物園)滞在中に新種記載したものです(原典:Bulletin Cracovie 1902、Internet Archive で直接確認)。原記載に "wandae" の由来は書かれていません

それでも状況証拠は揃っています。Wanda はポーランドの女性名(語尾 -ae はラテン語の女性所有格)で、ラチボルスキ家には Maria Wanda Raciborska(1870-1896) という妹がいて、命名6年前の1896年に26歳の若さで亡くなっています。自生地が Doreh(現西パプアのマノクワリ)なので「Wanda滝」のような地名由来説は地理的に成立しない。Raciborski 自身が「妹のため」と明記していない以上100%の確定にはなりませんが、ほかに自然な説明も見当たらないので ほぼ確実 と判断しています。

"

100年以上前のジャワの植物園で、若い植物学者が、亡くなった妹のために、属内最大級の堂々としたシダの種小名を残した。

これが事実だとすると、結構ぐっとくる話だと思います。なお、ワンダエにはもう一つ「6年後にオランダ女王の名前で記載され直されたが、先取権で妹の名前のほうが勝った」という後日談があります。詳しくは 第11章 ③ で。

10
Chapter Ten Catalogue

地名・形態に由来する10種

残り10種は地名・形態に由来する名前です。一覧として並べます。

Primary — 二次資料で明示確認
Inferred — 語源として妥当だが原典未確認
Uncertain — 由来不明
N° 01
Inferred

P. alcicorne

ヘラジカの角

ラテン語 alci-(ヘラジカ)+ corne(角)。英名 "Elk's Horn Fern" の語源。

N° 02
Primary

P. bifurcatum

二股

"bifurcate"(二股に分かれる)に由来、胞子葉が forked twice の形(Kampon Tansacha p.37)。

N° 03
Primary

P. coronarium

王冠

ラテン語 corona(王冠)。貯水葉が王冠状に立ち上がる。

N° 04
Primary

P. elephantotis

象の耳

アフリカの広い葉が象の耳に見える。旧名 P. angolense(第11章参照)。

N° 05
Primary

P. superbum

豪華な

ラテン語 superbus(壮麗な、立派な)。1970年 Joncheere & Hennipman 命名。

N° 06
Primary

P. quadridichotomum

四回二股

"quad"(4)+ "dichotomy"(二分岐)。胞子葉が二股に分かれて4本になる形(Kampon Tansacha p.65)。

N° 07
Primary

P. andinum

アンデス山脈

アンデス山脈(ペルー・ボリビア)原産。属内で唯一の南米種(Kampon Tansacha p.35)。

N° 08
Primary

P. madagascariense

マダガスカル

マダガスカル原産(種小名そのまま)。

N° 09
Inferred

P. grande

大きな

ラテン語 grande(大きい、偉大な)。

N° 10
Uncertain

P. stemaria

由来不明

1804年 Beauvois が Acrostichum stemaria として記載。後に Schott が Stemaria 属(1829)を提案するが現在は Platycerium に統合。stemaria 自体の語源は不明。

11
Chapter Eleven Annotations

時代とともに名前が変わった種たち

ビカクシダの学名は150年の間に何度も書き換えられて今の形に落ち着いています。「最初からこの名前だった」種はほとんどありません。代表的な3ケース。

i

そもそも「Platycerium」属がなかった時代

Acrostichum aureum
FIG. 11 / 1 Acrostichum aureum L.、タカワラビ属の代表種、マングローブのシダ。ビカクシダは1799年から1827年まで、この属に分類されていた。 VENGOLIS · CC BY-SA 3.0

ビカクシダが最初に学名を得たのは 1799年、スペインの アントニオ・ホセ・カバニレス が現代の P. bifurcatumAcrostichum bifurcatum(タカワラビ属) として記載した時。1827年、フランスの ニカイズ・オーギュスト・デヴォーPlatycerium 属を正式設立 するまでの約30年間、ビカクシダは「タカワラビ属の一種」扱いでした。語源はギリシア語の platys(広い)+ keras(角)(Kampon Tansacha p.9)。

ii

P. elephantotis — 先につけた名前が負けた話

アフリカの P. elephantotis は、昔 P. angolense(アンゴラの) と呼ばれていました。1868年、オーストリア人 フリードリヒ・ヴェルヴィッチ がアンゴラで採集した標本に基づいて、Hooker & Baker が記載。

ところが 3年後の1871年、ドイツ人 ゲオルク・シュヴァインフルト が同じ植物に「象の耳」を意味する P. elephantotis という名前を改めて記載します。

命名規則では先取権原則で先発が勝つはずですが、現代の有効学名は P. elephantotis(後発)の方。POWO でも P. angolense はシノニム扱い。最初の P. angolense に何らかの命名規則上の不備(nomen illegitimum = 不正な命名)があった、というのが有力な見方です。

「先につけて、結果的に負けた名前」が P. angolense ということになります。アンゴラで採集した Welwitsch にとっては悔しい結末。次のケースで書く wandae(先につけて勝った名前)とは対照的な話です。

iii

ワンダエ vs オランダ女王、命名の "決闘"

第9章で書いた P. wandae の話の続きです。

1902年、ラチボルスキが Platycerium wandae として記載(命名対象は妹マリア・ヴァンダの推定)。その 6年後の1908年、オランダ領東インドで活動していたオランダ人 Alderwerelt が、同じ植物に Alcicornium wilhelminae-reginae(ウィルヘルミナエ・レジーナエ)という別の名前を改めて記載します。当時のオランダ女王 ウィルヘルミナ(在位1890-1948)にちなむと考えられる名前です。

Alcicornium 属は当時提案された分割属で、現代では Platycerium 属に統合されているので Platycerium wilhelminae-reginae と読み替えてOK。

ここで命名規則の 先取権の原則(先につけた名前が優先される)が効きます。時系列的に wandae(1902)が先、wilhelminae-reginae(1908)が後。POWO でも、現在は wandae が有効学名、Alcicornium wilhelminae-reginae は後発シノニム に降ろされています。

"

「ポーランド人植物学者が妹に捧げた名前」が、「オランダ女王の名前」を退けた。

たまたまの命名年差6年で、先取権が wandae 側に転んだ、ということになります。

12
Chapter Twelve Index of Names

8人の人物と18種の名前

ビカクシダ全18種のうち、ちょうど半分の8種が人物にちなんだ名前 を持っています。

  1. P. veitchii
    John Gould Veitch
    Veitch家の植物採集者 — オーストラリア採集、31歳で早世
    Primary
  2. P. hillii
    Walter Hill
    ブリスベン植物園元園長
    Primary
  3. P. wallichii
    Nathaniel Wallich
    カルカッタ植物園を30年率いた — デンマーク人外科医
    Primary
  4. P. ridleyi
    Sir Henry N. Ridley
    シンガポール植物園初代園長 — "Mad Ridley"
    Primary
  5. P. holttumii
    Richard E. Holttum
    20世紀シダ植物学を作った
    Primary
  6. P. willinckii
    J. A. Willinck
    1873年ゲント博で喝采を浴びた — アムステルダムの園芸愛好家
    Primary
  7. P. ellisii
    Rev. William Ellis
    マダガスカルに渡った宣教師 — 状況証拠
    Inferred
  8. P. wandae
    Maria Wanda Raciborska
    26歳で亡くなった妹 — 状況証拠
    Inferred

園芸帝国の創業者、植民地植物園の園長たち、デンマーク人外科医、宣教師、ポーランド人の早世した妹。全員が、19世紀末から20世紀初頭にかけて、世界中のどこかで活動していた一人の人間 でした。

残り10種は、地名(madagascariense、andinum)や形(coronarium、elephantotis、bifurcatum など)に由来する名前。P. elephantotis のように最初は別の名前だったのに後発に上書きされた種 もあれば、P. wandae のように後から女王の名前を被せられそうになっても先取権で勝った種 もあります。

知らなくても育てるのに困らない情報です。でも知っていると、普段の園芸のちょっとしたスパイスになるかもしれません。