ここまでは、いまどこに住んでいるかという話でした。次はそもそも、どうやってそこへ行ったのかです。手がかりになるのは、一番遠くに1種だけいる、あの株でした。
南米にたった1種、P.andinum
アメリカ大陸で唯一のビカクシダが P.andinum。名前のとおりアンデス山脈の種で、学名の登録簿にある分布はペルーとボリビアです。
面白いのは、この1種が系統樹のどこに入っているかでした。南米にいるのに、アフリカ組の中にいます。しかも同じアフリカ組でも、マダガスカルの4種の側ではなく、アフリカ大陸の P.elephantotis と P.stemaria の側に近い。分かれたのは約1,060万年前で、論文はこれを「中新世後期に熱帯アフリカから新熱帯区へ渡った」と書いています。
胞子は軽いので、風や気流に乗って途方もない距離を運ばれることがあると言われています。18種のうち17種が旧世界(アフリカからアジア、オーストラリア周辺)にいて、1種だけが向こう側にいる。しかもその1種の親戚がアフリカ大陸にいる。大西洋を渡ったのは、たぶん1回きりだったのだと思います。
大陸が割れて、乗っていったわけではない
ここで一つ、私が最初に考えたことを書いておきます。大陸が割れて離れていったから、乗っていた植物も一緒に離れたのではないか。 つまりパンゲアの分裂みたいな話ではないか、と。
これが全然違いました。 年代が合いません。アフリカと南米が離れたのは1億年以上前で、P.andinum がアフリカ勢と分かれたのは1,060万年前。9,000万年ずれています。
論文も、この属の分布は大陸の移動では説明できないとはっきり書いていました。大陸に乗って運ばれたのではなく、とっくに離れきったあとの海を、胞子が飛んで渡った。そういう話です。
第3弾「名前編」でこの長距離分散説に一行だけ触れていたのですが、系統樹の側から見ると、思っていたよりはっきりした話でした。
では、最初はどこにいたのか
アフリカ組が系統樹の外側にいて、南米の1種もそこから出ている。それならアフリカ生まれだろう、という話になりそうです。
手がかりがもう一つあります。ビカクシダ属に一番近い親戚の属が、アフリカ大陸の固有属でした。
Hovenkampia(ホベンカンピア)という属で、立てられたのは2017年。もとは Pyrrosia(ヒトツバの仲間)に入れられていたアフリカの3種が、遺伝子を調べたら別グループだったので独立した、という経緯です。ビカクシダと分かれたのが約3,520万年前で、ヒトツバはその次に近い位置になります。
Hovenkampia africana(旧 Pyrrosia africana)── 南アフリカ・東ケープ州、木の幹に着生している状態。撮影 frogglet 氏(iNaturalist、CC0)
見た目は、正直ビカクシダにはあまり似ていません。細長い単葉が幹から出ているだけの、シンプルなシダです。貯水葉も胞子葉もありません。それでも遺伝子の上では、ヒトツバよりビカクシダに近い側にいます。
ひとつ、書いておかないといけないことがあります。この写真は「ビカクシダの祖先の姿」ではありません。
写っているのは、いま生きているホベンカンピアです。3,520万年前に枝が分かれてから、ビカクシダ側もホベンカンピア側も、同じだけの時間、それぞれに変わり続けてきました。系統樹で隣にいるというのは、いとこが隣にいるという意味であって、いとこは自分の祖先ではありません。
では当時の姿はどうだったのか。分からない、というのが正直なところです。 シダは化石があまり残らないので、起源の論争を扱った論文でも、決着しない理由の1つに「化石の証拠がないこと」を挙げていました。
属名は人名から来ていて、学名の登録簿には「ホベンカンプ教授に敬意を表して」と理由が書いてあります。ビカクシダの周りは、第3弾「名前編」で書いたとおり本当に人の名前だらけです。
ところが、起源は決着していません
一番近い親戚がアフリカにいて、系統樹の根元側にもアフリカ組がいる。それでも、出身地は決まっていません。2024年に、真逆の答えを出した論文が2本出ています。
| Xue ほか 2024(1月) | Zhao ほか 2024(12月) |
| 出身地 | 熱帯アフリカ | インドシナ |
| 分かれ始めた時期 | 約2,630万年前 | 約2,910〜3,280万年前 |
Xue らの論文はタイトルからして「'Out of Africa' origin」=アフリカ起源です。人類のアフリカ単一起源説をもじった、なかなか強気なタイトル。
一方、そのあとに出た Zhao らはインドシナ起源だと書いています。片方は葉緑体の遺伝子を中心に、もう片方はそこに核の遺伝子も足して解析していて、足したら答えが変わった、という流れのようです。
18種という数も、3つのグループに分かれることも、両方の論文で一致しています。骨格は同じで、根っこの位置だけが割れたまま、というのが現在地です。
素人目に引っかかるのは、一番近い親戚のホベンカンピアがアフリカ固有だという点です。インドシナで生まれたのだとすると、そこはどう説明されるのだろう、と思いました。その答えまでは、たどり着けていません。
アフリカ生まれだとすると、こう広がった
Xue らは、どういう経路で世界に広がったのかも復元しています。海を渡った回数は全部で7回と推定されていて、そのうちはっきりしているのは3回でした。
3本の矢印が、はっきりしている分散。破線は「何度か往復したかもしれないが、はっきりしない」もの
古い順に、まずアフリカから東南アジアへ。次に東南アジアからオーストラリア周辺へ。最後にアフリカから南米へ渡って、それが P.andinum になった。
どうやって海を渡ったのかについても書かれていました。大陸が動いたからでも、昔の高緯度の森を伝って移動したからでもなく、海を越えた長距離の分散が一番ありそうだ、という結論です。胞子が飛んだ、と考えられています。
アフリカとマダガスカルの間も、地質時代の違う何回かに分けて海を越えたらしい、とありました。
ただしこの経路図は、「アフリカで生まれた」という前提の上に立っています。 出発点がインドシナだとすると、絵は変わります。