1980年ごろ|山頂近くで見つかる
オーストラリアからアメリカに持ち込んだのは Loran Whitelock という人です。採ったのは1980年ごろ、Mount Lewis の山頂近くでした。
そのときの話が、2021年の論文に残っています。木の高いところに着いていても、このシダの輪郭ははっきりしていたそうです。広がって深く裂けた貯水葉を見て、Whitelock は最初 P.superbum だと思った。 ところが双眼鏡で覗くと、子株が出ているのが見えた。それは P.bifurcatum の仲間の特徴でした。
付いた名前は P.'Mt. Lewis'。見つかった山の名前が、そのままです。
1982年|このころ、P.willinckii は独立した種ではなかった
Platycerium のモノグラフが出ています。属を丸ごと1冊にまとめた、全種カタログのような学術書です。
そこでは P.bifurcatum が3つの亜種に分けられていました。P.bifurcatum そのものと、P.veitchii と、P.willinckii。 いまは種として扱われることが多い顔ぶれが、当時は全部 P.bifurcatum の下に入っていたわけです。
ここを押さえておくと、このあとの話が分かりやすくなります。
1984年から|Hughes が2回、名前を付け替える
フロリダの栽培家 Ralph Hughes が、この株を輸入して観察していました。1984年の時点では、まだ名前を付けていません。このとき彼は、「P.bifurcatum・P.willinckii・P.hillii のいずれとも別に見える」と書いています。
ところが3年後、この株には P.willinckii の名前が付きました。
1987年に 'Venose Frond'、1989年に var. venosum。発表の場はどちらもシダ愛好家団体の会報で、学術誌ではありません。
この2つ、ほとんど同じ言葉に見えます。venose も venosum も「葉脈が目立つ」という意味で、元は同じ語です。変わったのは言葉ではなく、名前の種類のほうでした。
引用符の付いた 'Venose Frond' は園芸の名前です。栽培している人が、選抜した株に付けるもの。対して var. venosum の var. は変種という意味で、これは学名の一部になります。園芸の呼び名から、学名の側へ移したという付け替えでした。
さきほどの1982年の分類では、P.willinckii は P.bifurcatum の亜種です。だから Hughes の記事のタイトルは「P.bifurcatum ssp. willinckii の新変種」。ウィリンキーの名前を使っていても、話は最初から P.bifurcatum の中で完結していました。
ただし、なぜウィリンキーなのかという根拠は、2ページのその記事のどこにも書かれていません。 3年前に「どれとも別に見える」と書いた本人が、判断を変えています。
2021年|決着がつく
株のどこを見るかで、似ている相手が変わっていました。
貯水葉は P.willinckii そっくり。胞子葉はどれとも似ていない。 ところが根茎の鱗片(成長点のまわりに付いている小さな鱗)は、P.bifurcatum と P.hillii 寄り。最後に葉緑体のDNAを3か所読んだところ、はっきり P.bifurcatum のかたまりに入りました。
そして「なぜウィリンキーなのか」の答えも、ここにありました。貯水葉です。
P.willinckii の貯水葉は、上に長く伸びて深く裂け、前に広がります。マウントルイスのそれと、よく一致する。しかもそういう貯水葉は、P.bifurcatum の仲間の他のどれにも無い。論文は、Hughes がこの株を P.willinckii と取り違えた理由も、この貯水葉だろうとしています。
結論は「P.bifurcatum の変異」。変異というのは、同じ種の中に収まる個体差のことです。亜種でも変種でもありません。名前を付けて区切るほどの違いではなかった、という判断です。
論文はこう締めています。正式な変種名はまだ決まっていない。決まるまでのあいだ、園芸家は少なくともラベルの種名を P. bifurcatum 'Mt. Lewis' に直すことはできる。 名札を書き換えるなら、いまのところこれが正解です。
そして、いま
2024年に、18種すべての葉緑体の遺伝子を並べ直した論文が出ています。そこでも P.bifurcatum・P.hillii・P.veitchii・P.willinckii の4種は、ひとつのまとまりでした(進化編)。戻った先は、別の研究から見ても同じ場所でした。
戻ったのは、分類の話だけではありません。
名前は3回書き換えられました。でも育てている人たちは、ずっと「マウントルイス」と呼んでいます。決着をつけたあの論文でさえ、書き出しは「趣味家や生産者のあいだで Platycerium 'Mount Lewis' の名前で出回っている株」でした。
いま私たちが使っている名前は、一番最初に付いた名前です。